茶道

明暦元年(1655)吉田城主小笠原忠知公は、宗徧流の始祖山田宗徧翁を京都より招き、侘びの茶道を奨励し、飯村と小坂井に大名接待のお茶屋を建立しました。
宗徧は、当寺で参禅得道し、茶亭 三つ窓の席(栽松庵)を設けました。
宗徧は小笠原家の茶頭として、43年の長年月を吉田で茶の道を唱導し、山田家は明治初年まで小笠原家の茶頭として仕えました。
当寺には、枯山水の庭園の他、数多くの作品や遺愛品が残されています。

天外庵 六畳 如意床(白ふじ)
和有庵 四畳半 マス床
展望席 四坪 立札(腰掛)
豊徳庵 四畳半 台目
栽松軒 四畳半
竹意軒 八畳・六畳 書院造り
梅寿軒 六畳